A.O.V第2弾開催が決定

ようせい

「溶星 -MELTSTAR-」

無数に広がる星の中で生まれ、
星と共に在り、
多彩な思考を塗り重ねていく。

点在するそれらは、
広がり、散り、
混ざり合い、
やがて溶けていく。

様々なかたちとして存在する星を、
何かのかたちとして残していきたい。

A.O.Vとは?

A.O.V(Art Of Variatios)とは

「フィギュアをアートに」

をコンセプトに、MAマンのオリジナルフィギュアを様々なバリエーションで完成品として届けるプロジェクトです。

第2弾は「YAGIRI」

10体の限定販売

厳選された10体の彩色済みフィギュアが、その想いと共に作品販売されます。

第1弾は25体の「ルシカ」の作品販売でしたが今回は「ヤギリ」です。

販売方法について

このAOVという企画、本当に反響が多かったんです。

第2弾開催が決まったのも、多くの反響をいただいたからです。

だからこそ、もっとより良いものにしたくて
第1弾「ルシカ」の作品販売終了後にアンケートを取った結果...

100件以上の声をいただきました。


そして、販売方法に関しての不満をとても多くいただきました。

私達にも至らぬ点がたくさんある中でも、

「次は、もっと販売方法を考えてほしい」
「もし、またやるなら先行販売は嫌だ」
「もっと吟味して選びたい」

この企画を好きになってくれたからこそ出る言葉の数々に心打たれました。

だからこそ、
抽選や受注など様々な販売方法がある中で本当に悩んだ結果…

今回はオークション形式にさせていただきました。

この企画はさまざまなバリエーションのワンオフフィギュア作品がコンセプトであり

アート性という軸を崩したくはありません。

アート作品と言えど、
基本的には個展やワンオフ作品を値段決めして販売する形式に違いはありません。

ですがそれだと前回と一緒になってしまいます。

なので、アート作品の販売方法は
オークションという文脈で形づくられてきた側面もあるため、今回のような方法に決定しました。

・より吟味して作品を選び
・誰もが参加できる企画であり
・だからと言ってエンタメ性は損なわず
・コンセプト軸をブラさない

企画に少しは近づいたと思っています。

また終了後にはアンケートを取ろうと思っています。
最高の企画にするために皆さんの意見はたくさん取り入れていきますし、ちゃんとすべてに目を通しています。

今回も楽しい企画にできるように全力です。

是非、第2弾「ヤギリ」も楽しく参加してもらえたら嬉しいです。

SNSで公開

彩色された10体のフィギュア全てが、動画や投稿により公開されます。

・X
・Instagram
・Tiktok
・Youtube


あらゆる媒体で公開されますので
通知設定をお忘れずに。
(どれか一つの媒体でのみ公開、というわけではありません。)

開催日時について

▼動画公開期間
1/17~1/27
毎日21:00に公開

▼オークション開催期間
【1/27 20:00】

【1/29 22:00】

▼発送予定日
1/29~1/31予定

作品一覧

  • No.1 溶星(ようせい)

    様々なかたちとして存在する星を、
    その揺らぎごと、
    何かのかたちとして残していきたい。
    そんな私自身の思いをのせたいA.O.V第二弾。

    制作の最中、
    確かに手は動き、塗料は伸び広がっているはずなのに、
    なぜか地に足がつかず、
    かたちが、まだかたちとして存在していないかのような、
    不思議な感覚に包まれることがあります。

    それをむりくり例えるなら、
    白昼夢のような、ぼんやりとした覚醒の状態。
    けれど気づけば作品は確かに形となり、そこに在る。

    それが手癖なのか、思考なのか、
    まだ自分でもはっきりとはわからないままで、本音を言うと、まだ答えとして出したくはない。
    そんな裏テーマとしての「白昼夢」も織り交ぜて、主題である「溶星(ようせい)– MELTSTAR –」 を
    1作品目とします。

  • No.2追想

    はじめて火球を見たのは、小学生の頃。
    ピアノ教室の帰り道だった。

    煌々とした強い光を放ちながら、
    小高い山の向こうへ落ちていく大きなそれを見た瞬間、
    時間が一瞬、止まったように感じたのを覚えている。
    あとで調べて、それが「火球」だと知った。

    それから私は、何度も火球を見ている。
    花火大会の日に、同じ夜に三度ほど目にしたこともあった。
    もし火球の存在を知らなければ、
    きっと「少し変わった花火」か何かとして
    片付けていたかもしれない。

    何かを知ると、その後、
    それにまつわる事象をキャッチしやすくなる。
    そういう経験は、今でも日々実感している。
    けれど火球に関しては、大人になってからも何度か見ていて、
    偶然にしては遭遇率が高くないだろうか、と
    小さなざわめきを覚えることがある。

    もしかして、宇宙のエネルギーのようなものを
    受信しやすい体質なのでは……?
    そんなスピ的な考えが
    頭をよぎることもある。

    けれどすぐに、
    学生時代の理科の授業中の光景が引っ張り出される。
    「MAさん! 空に何かいるんですか。
    ぼーっと窓の外を見ている場合じゃありませんよ」
    そう言われ、クラスに笑いが起きるあの瞬間。
    それも一度ではなく、もはや恒例だった。

    あぁ、きっと私はただ、
    無意識に空を見上げる癖があるだけなのだ。
    だから、少しだけ確率が上がっている。
    それだけのことなのだろう。

    それでも、
    次にまた火球と出会ったときも、
    きっと私は、同じように思考を巡らす。

  • No.3 Miso Soup

    今朝ふと思ったのだけれど、
    自分が味噌汁を好きだと自覚したのは、小学高学年の頃だった。

    私は、両親が共働きの四姉妹という家庭で育ち、
    姉妹それぞれに家事の担当があった。
    時期によって内容は変わったけれど、
    朝、洗濯物を干したあとに朝食を作っていた時期がある。

    ちなみに、いちばんの大敵は、
    冬に濡れた洗濯物を触ることではなく、
    梅雨の時期、洗濯物干し場にたまに現れるカエルだった。

    話を戻すと、
    朝食で必ず作っていた味噌汁は、
    冷蔵庫にある限られた具材で作るものだった。

    今は、
    「今日はこの具の味噌汁が食べたいな」と思って、
    なめこを買ってみたり、
    小松菜をたっぷり入れてみたりと自由奔放。
    近年では、油揚げ一枚を四等分した
    大きめサイズを、汁だくで食べたいという
    ちょっとしたこだわりもできた。

    その切り方をしながら、
    もしあの頃のように家族分を作っていたら、
    この配慮の欠けらも無い配分は絶対に無しだよな、と
    懐かしく思ったりもする。

    限られた条件で作っても、
    好き放題に作っても、
    いつでも安定した美味しさと
    一定以上のクオリティを出してくれる味噌汁は、
    近年すっかり可愛げのない
    エンゲル係数になってしまった私にとっても、
    いつでも戻ってこられる
    心休まる場所のひとつだと感じている。

    最後の余談として。
    家族で、ジではじまりルで終わる某ファミレスに行ったとき、
    定年退職後、家では
    「ご飯を食べるだけ担当」だった亡き祖父が、
    「ここの味噌汁は、
    いつも飲んでる味噌汁より美味しい」
    と、ダイレクトアタックすぎる感想を
    真正面から投げてきたのも、
    今となっては、くすっと笑える
    いい思い出だ。

  • No.4 7:3

    こうしたい、ああしたいという欲望は、
    毎日、湯水のようにポコポコと湧き上がってくる。

    最近どうしても我慢できなかった小さな欲のひとつが、りんご飴を今食べることだった。

    食べ物に関しては、
    「今食べたい」と思ったものが「今買える」環境にあると、我慢するのが難しくなる性質で、
    一時間悩んだ挙句、結局、某フードデリバリーで
    割高なりんご飴を2種類注文した。

    まずは、ひとつ食べてみる。
    パリパリの甘い飴と、少し酸っぱいリンゴの組み合わせにほんのり香る練乳のまろみ。
    子供の頃は美味しいと感じたのに今は…と感じるアレの逆の幸せを噛み締めつつ、

    やっぱり自分から湧き上がる唐突な欲望には
    なるべく忠実に生きていこうと、今後の欲望に保険をかけながら、
    もうひとつの青緑のりんご飴は作業の合間に食べようとウキウキで冷蔵庫へ。

    数時間後、再び取り出したりんご飴は
    見事にベトベトになっていて、
    カットして、飴を避けながらかじったリンゴの酸っぱさが、
    静かに、私の心の悲しみに追い討ちをかけてきた。

    納得が行かなかったので、翌日また2つ注文したことで気持ちに区切りをつけた。

    この作品の緑がかった青は、その時のりんご飴の色。
    ほんのり白みを帯びたピンクは、
    最高に美味しかった方の記憶の色。

    人はフラットに生きていると、
    感情はネガティブ優位になり、
    ネガとポジは7:3になるという説がある。

    無意識に作ったこの作品も、
    偶然ネガリンゴ側の色配分が7割位になっていた。

    思っている以上に、感情は色となって、正直な比率で現れるのかもしれない。

  • No.5 Unbound☺(Brush Impact)

    そろそろ、暴れる筆致の心地良さが恋しくなったので、
    本作は、第1弾で生まれた塗りのシリーズ、
    2025年の冬以来となる Brush Impact です。

    ブラッシュインパクトは、色の衝撃と筆跡の勢い、その両方を前面に出す塗装シリーズで、
    一撃一撃の筆のストロークが放つ生々しさと、
    色が放つエネルギーの両立を目指している。

    ブラッシュインパクトの背景には、
    色と筆跡が感じられるという点で
    私の代名詞である3D2次元彩色が重なっている。
    ただ、もうひとつ裏テーマがある。

    原点と言ってしまうには少し違うのだけれど、
    私の塗装の根っこにある感覚のひとつが、ラクガキ。

    落描きをし始めたのは、今思えば青春時代あたり。
    絵をきちんと学び始めた頃で、
    ある意味では現実逃避のように描いていたものだった。

    古のネット黎明期から続くお絵描き界隈では、
    “落描き”としてアップされた絵に対して
    「もはや落描きじゃなくて神絵定期」
    というお決まりのやり取りを、何度も見た。

    本来のラクガキの定義ではなく、
    私にとっての落描きとは何だろうと考えると、
    そこにあるのは完成度よりも、気持ちの比重の大きさだと思う。

    描きたいと思った時に、描きたいものを、描きたいように描く。ただそれだけで、美しく成立してしまうものだと思う。

    技術の話をするなら、
    最後まで着地を決めきらない曖昧さゆえに成立する
    美しさがある。
    それは、ラフ絵にも近い感覚だけれど、そこからしか得られない病みつきになる快感があり、それがたまらなく心地いい。
    私はこれを狙って、作品として完成させることもある。
    その作風は、落描きとも筆致が近い。

    何にも縛られず赴くままに、今感じたこと、ずっと感じていることを吐き出すように筆を遊ばせる。
    それは、絵心の原点だとさえ感じる。

    “Brush Impact” は、そうした縛られない自由な感覚と強くリンクしている。

  • No.6 lmperfect (Imperfect )

    Imperfect としての1作目です。

    いつでも不完全で、完璧を味わったことは一度もない。

    そんな事実に虚しくなる事は何度も経験するけれど、
    それを受け入れたことで心が一気にクリアになり、進み続ける勇気が生まれる。

    複雑な感情の裏に潜む素直な気持ち。
    単純な言葉の奥にある複雑な想い。
    黒と白の間に潜む灰の重さ。

    美しい、汚い、尊さ、落胆、無気力、懐古、好奇心、絶望。
    1人の中から生み出される感情の奔放な波に乗り、
    皆それぞれ違う乗り方をしながら人は人として生きていく。

    そして、誰しもに与えられた、いつ消えてしまうかも分からないという生き尽きたその先の不透明さ。

    そんな危うさの中、
    与えられた限りあるエネルギーを使って、
    感じ、考え、時に溶けながら、何かを生み出す。
    そうしてきっとその先で、何か別のエネルギーが生まれることを信じ続ける。

    完全じゃないからこその美しさに
    目を向けた、その先にみえる本当の景色を見ていきたい。

  • No.7 えんぴつ星

    自分がゾーンに入っている時の感覚を、
    意識が鉛筆の先へ向かっていく感覚に例えることがある。

    つまりいい意味で使っている“えんぴつ”なのだけれど、
    私の手のひらには鉛筆の痕跡がある。

    裏表尖った鉛筆を自動鉛筆削りにかけていた時、
    何かの拍子に、後ろから手のひらに突き立ててしまった。

    しばらくは痛くて芯を抜くのに必死だった記憶に支配されていた。生命線ギリギリに残ったその鉛筆痕はどちらかというと縁起悪くさえ感じていた。

    とある日、 なにかの占いか迷信の詩的な表現で、「手のひらのホクロは星を掴む」ということを聞いた。
    それ以来、その傷をえんぴつホクロだと決めつけることにしてからは見え方がガラリとかわり、今でも私とともにある。

    最近は、ほくろ占いなんてものもあるらしく、
    運気のいい場所にホクロをタトゥーで入れる人もいるという。

    つまり、思い込みで凶から吉にもっていく手段は沢山あるのだと思う。

  • No.8 冬 │ 色が匂わせる記憶

    この作品に重ねたのは、冬の夕方にふと掘り起こされる記憶の感覚です。

    季節や音、匂い、色などをきっかけに、ふと昔を思い出すことがよくある。

    例えばそれは、同じ季節の同じ時間帯のように、トリガーが似ていても、様々な異なるシーンが思い出される。

    掘れば掘るほど出てくる芋の収穫のように、
    「まだあったのか」と思うような、忘れていた記憶も、いまだ掘り起こされ続けている。

    猛烈な懐かしさに押しつぶされそうになりながら、
    そのノスタルジックな気持ちに酔いたくなる日もあって、
    そんな時にはどこかに出かけてみる。
    こだわりとしては、比較的静かなところ。
    そして、遠すぎないところ。
    なぜなら気分はコロコロ変わるものだから、覚めないうちに、手の届くところに。

    冬の夕方、それも、つんと刺す香りではなくもう少しまろやかなとき。
    まだ暗くない早い時間に思い出す景色がある。

    地下深くを走る環状の線で降りたとある駅。
    昔は何度か行くことがあって、どうやら私はそこの土地が合わなかった。

    深掘りしていないので理由はあまり分からないけれど、心が鷲掴みされるような感覚を味わうことが多かった。
    一見明るいはずなのに苦手な公園や、学校の横で
    住宅が多いのにいつも子供の姿を見かけなかったり、気持ちが着地しない場所が多かった。

    しかし、そのエリアでは、どこかノスタルジックな気持ちになることも多かった。
    なのでそれを逆手に取り、その感覚を助長させるようなことをした。

    夕方銭湯に行った帰りには、くたびれた焼き鳥屋で必ず塩の串を買う。

    暗くなる直前くらいに、自販機で買ったしじみ缶やおしるこ缶の、普段頻繁に手に取らないような汁を片手に、その苦手な公園に行く。
    そして怖くなる限界まで、目的もなくネットサーフィンをする。誰もいないのに揺れるブランコの音が現実に引き戻す。そこだけ風が吹いていることを信じて退散する。

    深夜には、深夜だけに食べられる限定のラーメンを食べに行く。粉落としでネギ多めにするのが好きだった。

    苦手な場所でも、楽しみ方は目の前にあるんだなと知った。

    正直なところ、これらの思い出は良い思い出なのか悪い思い出なのか未だに振り分けるのは難しい。

    今経験しているなんて事ない些細な物事も、いつかこんな風に思い出す瞬間が来ると思えば、何かしらの意味を感じられる。

    あなたにも、いまだに彷徨う冬の記憶はありますか?

  • No.9 星座

    9作品目のテーマは、星座です。

    今シリーズの「溶星」は、やや抽象的だったかもしれませんが、
    今作の「星座」は、あえて素直に落とし込みました。

    宇宙や星は、美しく、神秘的で、圧倒的に力強い。
    それなのに、どこか安堵感がある。

    大人になると、変わっていく感覚も多いけれど、
    この感覚だけは、子供の頃から今に至るまで、
    ほとんど変わらずに残っている、数少ないもののひとつです。

    星が見えすぎる夜、暗い宙を見つめてみると……
    思考がぼやけ、次第に焦点が離せなくなり、
    いつの間にか吸い込まれそうになる感覚に囚われます。

    夜空で星座を眺めていると、
    星座特有の半透明の動物たちの図解が、
    イメージとして浮かび上がり、
    あまりの大きさに、血の気が引きそうになる。

    今作のように、フィギュアもまた同じで、
    なにかのデザインに落とし込むと、
    繊細で儚く、可愛らしくさえ見えてくるのに。

    モチーフに立ち返ったときの、
    あまりにも壮大なスケールとの乖離は、
    何かをモチーフにして形作ることの楽しさを、
    あらためて思い出させてくれます。

    壊れそうなほど小さくして、
    ようやく向き合える星もある。

  • No.10 Little Passion Star(Brush Impact)

    生徒の間で、軍隊のようだと囁かれるほど、
    集団行動と規律に厳しい中学の中庭で、
    正義感のある三つ編みの少女が皆に言った。

    「腐ったミカンがひとつあるとね、周りからどんどん腐っていくの。今がその状況だよ、もっと気合い入れていこう!」
    彼女と、しばらく視線が重なった。

    炎天下の中大声を上げて駆け回り、
    エンジンを組んで熱い言葉を交わし、
    紙に書かれた大きな目標を背に足並みを揃える。

    落とし所のない気持ちを抱えながら、
    腐れたミカンではなく、腐れる寸前で保存された冷凍ミカンのような気持ちでやり過ごす。

    ひとつの正義を星のように掲げ、まずは皆でひとつの正解を学んでいく。

    自分も歯車のひとつになっているつもりだった。
    それなのに体育教師からは、度々「やる気がない」と雑に片付けられるのが腑に落ちなかった。

    その人に最初で最後に褒められたのは、卒業文集の表紙の絵。桜をできる限り緻密に描いた。
    初めて自分に目を向けられた気がしたけれど、素直に納得がいかなかった時の感情を未だに覚えている。
    これくらい分かりやすく直接的でないと自分の情熱は人には伝わらないのかと。

    自分の特性を活かして、ある程度前に出ていかないと、
    そのまま流されてしまうのだと知った瞬間だった。
    目立つことを避けていたから、それからしばらくは苦労した。
    けれど今は、あの頃より少し強く息ができている気がする。

    自分の中にある熱みたいなものは、集団に溶け込むのが苦手だったあの頃も、集団から離れた生き方を選んだ今でも、消え、生まれ、形を変えながら、いつもそこに在り続ける。

    たまに原点を思い出す。
    今ある小さな星の熱を忘れないように、抱きしめながら、火を絶やさないように。

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