ルシカ、フラワーフラワー / No.2 “カッペリーニ”
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私の場合、食べ物をきっかけに、忘れていた記憶を思い出すことがよくある。
ストックしてある辛ラーメンを買いに、作業椅子から重い腰を上げて向かった
スーパーで、細いパスタがふと目に入った瞬間、ひとつの記憶が蘇った。
錆びれた階段を上がり、チープな扉を開けた先にある小さなbar。
カウンターの奥は横一面が窓になっていて、マスターの背中越しに街路樹と
街灯が揺れていた。
夜の深い緑と、そこに反射するオレンジの光がとても綺麗で、お酒の味を幾分も
まろやかにしてくれた。
けれど、いちばん美味しかったのは、
マスターの手が空いたときにだけオーダーが通るカッペリーニ。
もう寝る前で、風呂も済ませているのに、部屋着のままでその店に通うほど好きだった。
お金に余裕があったわけではない。
でも、食べたい衝動に駆られると財布の紐が緩むのは、その頃からずっと変わらない。
知らない誰かやマスターと、静かに会話に花を咲かせたあの店は、出会ってから一年ほどで閉店してしまった。
記憶を頼りに自分で作ったカッペリーニの味は、「そこまでか？」と思うほど本物には敵わなかった。
あの味が特別だったのは、
街灯のオレンジをかき消すほどに眩しいシャンパンゴールドの光を放つショーケースのライトやグラス、それでも隣で、小さく揺れる蝋燭の火が絶やされることなく
灯っていた、あの空間そのものが、あまりにも眩しかったからだと思う。
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